1945年8月9日、午前11時2分。原子爆弾のさく裂により、天主堂はほとんどが破壊され、その後かろうじて残っていた堂壁や鐘楼も崩れ落ち、一部の堂壁だけが残りました。崩れ落ちた鐘楼の一つ(重量約50トン)が現在もこの地に原爆被害の跡をとどめて眠っています。 爆心地に程近い当地区は、17世紀初頭に始まるキリシタン禁令の時代からカトリック信徒の多いところであり、原子爆弾はこのカトリック信徒の聖地に炸裂し、約12,000名の信徒のうち約8,500名が犠牲となりました。